エタノールについての政府によるGHS分類結果の中で、発がん性、生殖毒性、反復ばく露については飲酒による健康被害に関するデータに基づいている。しかしながら、試験・研究等でエタノールを使用する場合に、飲酒による健康被害を考慮すると、常識では考えられない高リスク判定となるため、本学でのリスクアセスメントでは、これらの有害性を除外することにした。
以下に、除外する根拠を示す。
エタノールは、平成25年GHS分類で、発がん性を以下の根拠で区分1Aとしている。
『エタノールはACGIHでA3に分類されている(ACGIH(7th, 2012))。また、IARC(2010)では、アルコール飲料の発がん性について多くの疫学データから十分な証拠があることなどから、アルコール飲料に含まれるエタノールの摂取により、エタノール及び主代謝物であるアセトアルデヒドが食道などに悪性腫瘍を誘発することが明らかにされているため、区分1Aに分類する。』
従って、飲料としてエタノールを摂取した場合の有害性を示すIARCの情報を、試薬として使用する際のエタノールのばく露有害性の判断に使用することは不適である。
また、前半のACGIHの分類については、平成21年GHS分類の発がん性の区分根拠欄に以下の記載がある。
『ACGIHはエタノールをA3に分類しており(ACGIH(2009))区分2相当であるが、この評価に用いたデータは、ラット雌雄を用いた飲水による生涯試験であり、ヒトでの飲酒を想定して高用量(10%濃度)で実施されている。より低用量(1%または3%濃度)のラット雌雄を用いた液体飼料による2年間試験においては明確な発がん性は示されていない(ACGIH(2009))。さらに、ヒト職業ばく露における疫学調査ではなく動物実験のデータに基づいており、ヒトに対しては不明であるとの但し書きがある。』
作業場でエタノールを吸入したり皮膚ばく露した場合、以下の資料
https://www.osha.gov/dts/chemicalsampling/data/CH_239700.html(米国労働省安全衛生資料)
に、「低い血液アルコール濃度をもたらす。」 と書かれていることから、低用量での動物試験が参考になるが、これでは上記のように発がん性が示されていないため、通常の作業でのエタノールばく露での発がん性は考慮する必要はないと思われる。
エタノールの生殖毒性は区分1Aでその根拠は以下の通りである。
『ヒトでは出生前にエタノール摂取すると新生児に胎児性アルコール症候群と称される先天性の奇形を生じることが知られている。奇形には小頭症、短い眼瞼裂、関節、四肢及び心臓の異常、発達期における行動及び認知機能障害が含まれる(PATTY(6th, 2012))。これらはヒトに対するエタノールの生殖毒性を示す確かな証拠と考えられるため、区分1Aとした。なお、胎児性アルコール症候群は妊娠期に大量かつ慢性的にアルコールを飲んだアルコール依存症の女性と関連している。産業的な経口、経皮、吸入ばく露による胎児性アルコール症候群の報告はない。また、動物実験でも妊娠ラットに経口投与した試験で奇形の発生がみられている。』
従って、妊娠中の女性のアルコール飲用による胎児への影響であり、産業的なばく露では影響がないため、CRAでは考慮する必要はないと思われる。
エタノールの反復ばく露の区分1(肝臓)、区分2(中枢神経系)の根拠は以下のようになっている。
『ヒトでのアルコールの長期大量摂取はほとんど全ての臓器に悪影響を及ぼすが、最も強い影響を与える標的臓器は肝臓であり、障害は脂肪変性に始まり、壊死と線維化の段階を経て肝硬変に進行する(DFGOT vol.12(1999))との記載に基づき区分1(肝臓)とした。また、アルコール乱用及び依存症患者の治療として、米国FDAは3種類の治療薬を承認しているとの記述がある(HSDB(Access on June 2013))ことから、区分2(中枢神経系)とした。」』
従って、反復ばく露についても、アルコール飲酒に係る臓器・中枢神経への影響とみなし、CRAでは考慮する必要はないと思われる。